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広島地方裁判所 昭和30年(行)10号 判決

判  決

広島県山県郡千代田町八重字後有田

原告

梁仁煥

右訴訟代理人弁護士

高橋武夫

広島市国泰寺町三九番地

被告

広島市長浜井信三

右訴訟代理人弁護士

中川鼎

呉市中山手町七四番地

被告補助参加人

田中三次郎

右訴訟代理人弁護士

小林右太郎

平山雅夫

右当事者間の昭和三〇年(行)第一〇号不動産公売処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告の申立

1  主たる申立

被告が昭和二九年一一月二日別紙目録記載の家屋に対してなした公売処分が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

2  予備的申立

被告が昭和二九年一一月二日別紙目録記載の家屋に対してなした公売処分を取り消す。

との判決を求める。

二、被告の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告は別紙目録記載の家屋(以下本件家屋と略称する。)を所有していたところ、被告は昭和二九年三月二二日原告に対する市税滞納処分としてこれを差押え、同年一一月二日公売を執行し、被告補助参加人田中三次郎においてこれを落札し同月六日その所有権取得登記をした。そこで、原告は同月二五日右公売処分を不服として被告に異議申立をしたところ、被告は同三〇年一月一八日右申立を棄却する決定をし、同日右決定書を原告に交付した。

二、しかしながら本件公売処分には次のような違法がある。

1  本件公売処分においては、公売公告がなされていない。なるほど、「広島市革屋町二四番地桑原龍次外七二件」に対する不動産公売公告についての禀議書は広島市役所に現存する。しかしこの禀議書に基き果して本件家屋が記載洩れとなることなく公告されたかどうかは確認する手段がない。公告そのものが保存されていないからであある。なお、本件家屋の買受人である被告補助参加人田中三次郎が本件公売の日時を知り得たのは同人が本件家屋の敷地の所有者であつたところから登記簿の閲覧により本件家屋につき前記市税滞納処分による差押登記のなされていることを発見し、広島市総務局徴収課係員に本件家屋の公売が執行されるときはその日時を通知してもらいたい旨予め依頼していたので、同課係員が特に被告補助参加人に通知したことによるもので、公売公告があつたからではない。元来本件家屋は後記のように店舗として絶好の場所に位置しているから、真に公売公告があつたとすれば、職業的入札者の多い現状において少くとも数人の入札者があつたであろうと考えられるのに何らこの事実なく公売参加者が被告補助参加人唯一人であることからしても公売公告がなかつたことが明らかである。

2  本件公売処分においては、滞納者である原告に対し公売通知がなされていない。

もつとも、被告は、原告に対し昭和二九年一〇月二一日付で「差押財産公売について」と題する書面を発送し本件家屋につき公売が行わるべきことを通知しようとしたのであるが、同通知書の封筒の宛名を誤記し梁仁煥とすべきところを梁口煥としたため右通知書は広島市に返戻され、結局原告に対する公売通知のなされないまま本件公売が執行されたのである。

元来滞納者に対する差押物件の公売通知は法の要求するところではないが、公売手続において多年にわたつて慣行として行われて来たものであるからすでにこの点についての慣習法が形成されているものとみるべきであるのみならず、ことに、後記のように原告が市税に対する代物弁済として約束手形を交付し広島市出納員において領収証書を発行している本件のような場合においては、原告としてはもはや公売処分を執行せられることがないと考えるのは当然であるから、被告においても原告に公売通知をなすことはまさにその法律上の義務であるというべきである。したがつて、右通知を欠いだ本件公売処分は違法であるといわなければならない。

3  被告が本件公売処分の基礎としている原告の滞納市税は代物弁済により消滅していたものである。すなわち、原告は昭和二九年五月一五日現在において昭和二五ないし二七年度市民税、昭和二五ないし二八年度固定資産税およびこれに対する督促手数料、延滞金、延滞加算金等合計一六七、八八六円を滞納していたのであるが、同日広島市徴税吏員に対し右市税の支払に代えて訴外中国貿易物産株式会社振出の(1)金額五〇、〇〇〇円、満期昭和二九年六月五日、支払地及び振出地広島市、支払場所東京銀行広島支店、振出日同年五月一五日、(2)金額五〇、〇〇〇円、満期同年七月五日(その他の手形要件は(1)に同じ。)、(3)金額六七、八八六円、満期同年八月五日(その他の手形要件は(1)に同じ。)なる約束手形三通を交付し、右滞納市税は右代物弁済により消滅した。

およそ、既存債務のために手形を交付する場合にこれを弁済に代えてなされたものとみるか又は弁済のためになされたものとみるかは当事者の意思により決すべきところ、本件において 広島市徴収吏員が原告から右三通の手形を受領するに際し、市税領収の場合のみに発行する領収証書一一通に現金による市税納付の場合と同様領収金額、徴収番号、年度、期別、税目並びに金員領収の旨を明記し、かつ広島市役所総務局徴収課出納員の領収印を押捺してこれを原告に交付していること、右三通の約束手形の振出人で第三者であることからみて右約束手形の交付が代物弁済でないとすれば広島市は原告と訴外中国貿易物産株式会社に対し各別に債権を取得することとなり不当に利益を得る結果になること、徴税官庁において税金債務の履行確保のため約束手形の振出を受ける場合には、納税受託証のため約束手形の振出を受ける場合には、納税受託証書を発行し該手形金額を取り立てて税金に充当したときはじめて税金自体の領収書を交付するものであること等を考え合せると右三通の約束手形の交付は原告の滞納市税の納付に代えてなされたものとみるのが至当である。してみると、本件公売処分はその前提たる税金の滞納がないにもかかわらずこれあるものにしてなされた違法があるといわなければならない。

仮に右約束手形の交付が代物弁済でなく市税納付の確保のためになされたものであるとしても、右のように手形の交付がある以上、当事者間において別段の約定のない本件においては徴税吏員は先ず手形債権を行使し、その効なき場合においてはじめて市税債権に基き請求しうべきであるにも拘わらず、右各手形の満期に支払場所に呈示してその権利を行使することなく直ちに本件家屋を公売したのであるからこの点において本件公売処分は違法である。

4  本件公売処分においては公売物件の価格を市価に比して著しく低廉に見積り、かつ、その公売価額も市価に比して著るしく低廉である。

本件家屋は広島市松原町のいわゆる第三マーケツト内の表通りに面した店舗で、その立地条件は商業を営むに好適である。なるほど、本件家屋の固定資産評価額が金二二六、五〇〇円にすぎないことは事実であるが固定資産評価価格が時価の三分の一ないし四分の一にすぎぬことは顕著な事実であり、本件家屋の公売時の市価は金七〇〇、〇〇〇円ないし金九〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。しかるに本件公売処分においてはこの場所に附随する経済的価値を何等考慮することなくたんに本件家屋の構造、坪数、固定資産評価額や他人が現住しているか否かの点のみに着目しわずか金二〇〇、〇〇〇円に見積り、被告補助参加人田中三次郎が金二四〇、〇〇〇円で落札したのである。げんに、原告は昭和二七年一月本件家屋の階上階下を半分に仕切り上下各四坪ずつを訴外前田菊彦、同和泉明子にそれぞれ権利金二五〇、〇〇〇円で賃貸したことがあり又同二九年五月二一日には本件家屋を訴外山口清人に対し代金八〇〇、〇〇〇円で譲渡した。その後同訴外人は本件家屋を各建坪四坪二階坪四坪の二棟(家屋番号広島市松原町第一九九番及び同町第一九九番の二)に分割し、同二九年九月七日そのうち一棟(家屋番号同町一九九番の二)を訴外前田菊彦に対し、代金四五〇、〇〇〇円で譲渡している。かかる事実からも、本件公売処分における本件家屋の評価額並びにその公売価額が如何に低廉であるかが明らかであつて、本件公売処分は違法たるをまぬかれない。

三、以上いずれの点からするも本件公売処分は違法なものであり、しかもそのかしは明白かつ重大なものであるから本件公売処分は無効である。

仮に右かしが本件公売処分を無効ならしめるような明白かつ重大なものでないとしても取消事由に該当することもちろんである。

よつて、第一次的に本件公売処分の無効確認を、第二次的に本件公売処分の取消を求める。

なお原告は前記のように昭和二九年五月二一日本件家屋を訴外山口清人に譲渡し、同人はこれを二棟に分割しその一棟をさらに訴外前田菊彦に譲渡し、本件公売にいたつたのであるが、本件公売処分が有効であるとすれば右両名はその所有権を失うこととなり、ひいて原告は右両名から売主としての責任を追求されるにいたることは明らかであるので本件公売処分の無効確認もしくはその取消を求める法律上の利益を有するものである。

第三、被告の答弁及び主張

一、請求の原因一は認める。

二、請求の原因二について

1  請求の原因二1のうち公売公告をしなかつたとの点は争う。本件公売処分においては法定要件を具備した公告がなされたものである。

2  請求の原因二2のうち被告が原告に対し本件家屋の公売通知をするに際し、その通知書に宛名を梁仁煥と記載すべきところを梁口煥としたため不送達に終り右書面が市に返戻され、その後原告にその再送達の処置をとることなく本件公売処分をしたことは認める。しかしながら公売処分をなすにあたり公売通知をなすことは法の要求するところではないから、これを欠いたからといつて本件公売処分の効力に何等消長を来すものではない。もつとも従来差押物件につき公売処分をする場合公売通知をすることは通例行われているところであるが、これは滞納者に対して警告を与え自発的な納税を督励する意味でなされているにすぎず、原告の主張するような慣習法は存在しない。

3  請求の原因二3のうち原告が昭和二九年五月一五日現在金一六七、八八六円の市税を滞納していたこと、同日広島市徴税吏員が原告から原告主張通りの約束手形三通を受領し、これと引換えに領収証書一一通を交付したこと、右手形の各満期に支払を受けるための呈示がなされなかつたことは認めるがその余の事実は否認する。右三通の約束手形は原告に対しその滞納市税の分割払を許容し、かつ右各手形の満期まで納付を猶予するかわりその支払を確保する必要上担保として受領したものであつて、滞納市税の納付に代えてなされたものではない。

けだし税金の納付はその性質上当然金銭ですることを要するのであり、現金化が将来にかかり且つその支払の不安定な約束手形のごときものを交付したからといつて、これをもつて税金の納付があつたとはとうていいい得ない。市徴税吏員が右三通の約束手形の受領と引換えに領収証書を交付したのはたんに右約束手形が右各領収証書によつて表示されている税目及び金額の市税納付の保証として授受されたものであること及び手形受領の事実を明らかにするためにすぎない。

原告は市徴税吏員が公売処分に先だち、右約束手形債権を行使しなかつたことをもつて違法であるとして非難するが、前記のように右約束手形は訴外中国貿易物産株式会社において本件市税につき保証債務を負担する趣旨において授受されたのであるから、被告としては先ず手形による支払を求めなければならない筋合のものではない。のみならず、市徴税吏員において右約束手形を満期に支払場所に呈示してその支払を求めなかつたについては原告が当時右訴外会社の代表者であつて右各手形の満期前その都度直接又は人を介して市係員に対し右各手形の支払を延期してもらいたい旨懇請してきたので、被告においてもやむなくこれを許容し右各手形の満期にこれを呈示しなかつたという事情がある。してみれば原告の主張の失当なることは明らかである。

4  請求原因二4のうち被告が本件公売をするに当り本件家屋を金二〇〇、〇〇〇円に見積り、被告補助参加人田中三次郎がこれを金二四〇、〇〇〇円で落札したこと、本件家屋の昭和二九年度における固定資産評価額が金二二六、五〇〇円であることは認めるが、本件公売当時の本件家屋の市価が金七〇〇、〇〇〇円ないし金九〇〇、〇〇〇円であつたとの主張は争う。本件家屋の資材、構造、本件家屋に第三者が居住していること、地主と原告および居住者との間に敷地の使用をめぐつて訴訟が起きていたこと、本件家屋の固定資産税の評価基準額等客観的な諸情況を考慮すれば本件家屋の適正評価としては金二〇〇、〇〇〇円が相当である。

三、以上のとおり本件公売処分においては原告主張のような違法は存しないから、本訴請求は失当である。なお、原告は本件滞納処分による差押後の昭和二九年五月二一日本件家屋を訴外山口清人に譲渡し、その移転登記を了し、その結果原告は本件建物につき何等の権利をも有しなくなつたから、本訴により本件公売処分の無効確認又はその取消を求める利益を有しないものである。

第四、証拠(省略)

理由

一、原告が本件家屋を所有していたところ、昭和二五年ないし二七年度市民税、昭和二五ないし同二八年度固定資産税およびこれに対する督促手数料・延滞金・延滞加算金等合計一六七、八八六円を滞納したため、被告が昭和二九年三月二二日市税滞納処分としてこれを差押え、同年一一月二日公売を執行し、被告補助参加人田中三次郎においてこれを落札し、同月六日その所有権取得登記をしたこと、原告が同月二五日右公売処分を不服として被告に対し異議申立をしたところ、被告が同三〇年一月一八日右申立を棄却する旨決定し、同日右決定書を原告に交付したことは当事者間に争がない。

二、本件訴の利益について

被告は、「原告は、本件滞納処分による差押後の昭和二九年五月二一日本件家屋を訴外山口清人に譲渡して所有権移転登記を了し、その結果本件建物につき何らの権利をも有しなくなつたから本訴を維持する法律上の利益を有しない」と主張する。そして、原告が昭和二九年五月二一日本件家屋を訴外山口清人に譲渡して所有権移転登記を経由したことは原告の自認するところである(なお、成立に争ない甲第二号証および同第五号証によれば、右山口は本件家屋譲受後本件家屋を二戸に分割し、その一を同年九月七日訴外前田菊彦に売り渡し同日移転登記をなしたことが認められる。)けれども、もし本件公売処分にして有効であるとすれば差押(右甲号各証により同年三月二二日の登記にかかることが明白である。)後の譲受人である右山口、前田らがその所有権を喪失する結果となることは言をまたないから、原告としては右山口から売主として損害賠償責任を追求されるにいたる恐があることは自明である。しからば、原告は本件家屋の売渡後においても、公売処分の名宛人としてその無効確認ないし取消を訴求する法律上の利益を有するものといわなければならない。被告の主張は採用できない。

三、そこで、以下原告主張の違法原因につき逐次検討を加える。

(一)  公売公告がなされていないとの点について

原告は本件公売においては公売公告がなされていないと主張する。しかしながら、

(1)  本件公売においては、本件家屋を含む「広島市革屋町二四番地桑原龍次外七二件」に対する公売公告の禀議書が作成せられておりこれが広島市役所に保管されていたことは原告の自認するところであること、

(2)  被告が昭和二九年一〇月二一日「差押財産公売について」と題する本件公売の日時場所等の通知書を滞納者たる原告に発送した(もつとも、宛名の書きちがいから結局送達されなかつた。)ことが当事者間に争がないこと、

(3)  証人田中三次郎の証言によれば、補助参加人は本件家屋の敷地の所有者であつて原告にこれを貸与しているうち、昭和二七年から本件家屋の収去と敷地の返還を求めて原告との間で訴訟となつたため本件家屋の所有者の変動に深い関心を抱き随時登記簿を閲覧していたところ、たまたま昭和二九年七月下旬頃被告が本件家屋につき市税滞納処分として差押をしているのを発見し同年九月中旬頃広島市役所徴収課を訪れ従前の公売手続の経過を聴取し次回に公売が執行されるときは自分にも通知してもらいたい旨依頼しておいたこと、すると程なく同市役所から補助参加人のもとに本件公売執行の通知が来たので、同人は同年一〇月二四日休日(日曜日)を利用して呉市の自宅からわざわざ広島市役所に出向き所定の掲示場に本件家屋の公売公告が他の六、七十件の公売公告と一括して公示されているのを確認したことが認められること、

以上三点を綜合して考えるときは、本件公売については公売公告がなされたものと認めるのが相当である。もつとも証人牧野貴師の証言により成立を認める乙第五号証裏面の本件公売手続の進捗状況欄には右公売公告をなした旨の記載はないが、右牧野証言およびこれによつて成立を認める乙第三号証の一、二によれば、本件公売は再公売であつて、その第一回公売たる昭和二九年八月二七日の期日については同年八月一三日公売公告がなされたことが認められるところ、右第一回公売の公告のなされたこともまた前記進捗状況欄中に記載がなく、当時公売公告をしたことはいちいち記入しない取扱であつたと認められるから右記載なきゆえをもつて公告がなされなかつたものと推認することはできない。

原告は、本件家屋の店舗としての価値にかんがみ、真に公売公告があつたとすれば少くとも数人の入札者があつたであろうと考えられるのに本件公売において入札者が補助参加人ただ一名であつたところを見ると公告がなされなかつたものに推認されると主張する。しかしながら、前記牧野証人の証言によれば、本件家屋に対する第一回の公売期日たる昭和二九年八月二七日にも公売公告がなされたるにかかわらず一名の買受希望者も参集せず、そのため再公売をなすのやむなきにいたつたものであることが認められるから、原告の主張はとるに足りない。

(二)  原告に対し公売通知がなされなかつたとの点について

原告は、公売手続において滞納者に公売通知をなすことは法に規定はないが多年慣行として行われすでに慣習法となつているというべきところ、本件公売においては滞納者たる原告に対し公売通知をしなかつたから、この点において違法であると主張する。

そして、被告が昭和二九年一〇月二一日付で原告に対し本件公売の通知書を発送したが、封筒の宛名を誤記し梁口煥としたため不送達におわり、その後再送達の措置をとらないまま本件公売が執行せられたことは当事者間に争がない。

しかしながら、地方税法においてその例によるものとされている国税徴収法およびその関係法令(今次改正前)においては公売通知をなすべきことを命じた規定がなくこれを必要としないものとした趣旨であると解せられるから、公売通知が不送達におわつたからといつてこれによつて公売処分が違法となることはないというべきである。なるほど広島市税の滞納処分において公売に先だち滞納者に公売通知を発することを通例にしていることは証人牧野貴師の証言によつてもこれを認めることができるが、右行政上の取扱がいわゆる行政先例法の意味における慣習法にまで高められるには社会一般の法的確信により支持されることを要するものであるところ、公売通知が公売執行の要件であることはしばしば裁判例によつて否定されてきた(昭和九年六月二七日大審院判決、昭和一三年四月一四日行政裁判所判決、昭和一六年三月二二日行政裁判所判決等参照)ところであり、この一事に徴しても公売通知をなすことが慣習法として社会一般の法的確信をえる余地がなかつたと考えられるから原告主張のような慣習法の存在を認めることができない。仮に一歩を譲つてかかる慣習法の存在を認めるとしても、公売通知はたんに滞納者に対し公売に先だち警告を与え自発的な納税を督励する意味を有するにすぎないのであるから、これを欠いたからといつて公売処分の取消事由に該当するものと解すべきではない。

さらに、原告は、本件においては原告は後記のように約束手形と引換えに広島市出納員から領収証書の交付を受けておりこれによつてもはや公売処分を執行せられることがないと考えていたのであつて、かかる特別の事情あるときは公売通知をなすことは被告の義務であり、これを怠るときは公売処分が違法となる旨主張する。

しかしながら、原告が本件公売処分当時本件公売処分を執行されることはないと考えていた旨の原告本人尋問の結果(第一回)はにわかに措信しがたく、かえつて後記(三)において認定するように原告はその主張の領収証書受領の当時から被告に差し入れた約束手形の支払がなされないときは本件公売が執行せらるべきことを充分知悉していたものであり、げんに前出乙第五号証によつても昭和二九年八月一七日頃第一回公売の通知を受けていることが明白であるから、原告の主張はすでにその前提において失当である。

(三)  本件滞納市税が公売処分前代物弁済により消滅していたとの点について

原告が昭和二九年五年一五日広島市徴税吏員に対し訴外中国貿易物産株式会社(その代表取締役は原告である。)振出にかかる(1)金額五〇、〇〇〇円、満期昭和二九年六月五日、支払地および振出地広島市、支払場所東京銀行広島支店、振出同年五月一五日、(2)金額五〇、〇〇〇円、満期同年七月五日(その他の手形要件(1)に同じ。)、(3)金額六七、八八六円、満期同年八月五日(その他の手形要件(1)に同じ)なる約束手形三通を交付し、これに対し、本件滞納市税全部につき現金による納付の場合と同様の領収金額、徴収番号、年度、期別、税目および金員領収の旨を明記し、かつ広島市役所総務局徴収課出納員の領収印を押捺した領収証書一一通を受領したことは、当事者間に争がない。

原告は、右約束手形の交付にあたり当事者の意思はこれをもつて滞納市税の代物弁済に充てるにあつたと推断せられるから、本件市税はこれによつて消滅したものであり、従つて本件公売は違法であると主張する。

おもうに地方税は公法上の金銭債権であり、その発生(賦課)、消滅(徴収)、強制執行(滞納処分)、徴収猶予、担保、時効等はすべて地方税法および当該地方団体の条例規則によつて定められ特に規定のある場合を除き民法の準用がないのである。そして、地方税法および広島市税条例(昭和二九年六月八日条例第二五号)によれば、広島市税の徴収納付に関し特段の規定がないから民法債権編代物弁済の規定はその準用なきものというべきであり、又税法上代物弁済に対応する制度たる物納の規定も存しないから結局納税者は現金をもつてのみ市税を納付するすることができるというべきである。もつとも、このことは当該地方団体が歳入金の収納につき現金代用証券を使用することを認めることを禁ずるものではないから、広島市予算決算及び会計規則(昭和二五年八月一四日規則第三七号)は一方第二七条(納入者は徴税令書……に現金を添え市金庫……に提出して領収証書の交付を受けなければならない。)、第九四条(市金庫は納入者から徴税令書……を添え現金の納付を受けたときはこれを収納し領収証書を納入者に交付にしなければならない。)等において現金納付の原則を明かにしながら、他方その第七二条第一項において「市歳入金は小切手をもつて納付することができる。」と規定し小切手(ただし同第七四条により一定の小切手に制限される。)をもつてする納付のみはこれを認めている。しかしながら、この場合小切手は物納として納付されるものではないからその納付によりただちに市税消滅の効果を生ずるものではない。すなわち、同第七二条第二項が「小切手を使用した者の(市税等)納付義務はその小切手金額の支払があつたときに完了する。」となし、同第七五条が「納付のため使用した小切手でその小切手金額の全部又は一部について支払がなかつたときは、その小切手はこれを納入者に還付する。この場合においては先に交付した領収証書はその効力を生じない。」と定めているゆえんである。(附言するに、国税については、大正五年法律第一〇号「証券ヲ以テスル歳入納付ニ関スル法律」、同年勅令第二五六号「歳入納付ニ使用スル証券ニ関スル件」、同年大蔵省令第三〇号「歳入納付ニ使用スル証券ニ関スル件ニ依ル証券ノ納付ニ関スル制限ノ件」、同年大蔵省令第三一号「大蔵省主管歳入証券納付ニ関スル件」により厳重な制限の下に小切手、為替手形、国債証券の利札、郵便通常為替証書をもつて国税を納付しうることとしているが、もとよりこの場合も物納ではないから「証券ヲ呈示期間内又ハ有効期間内ニ呈示シ支払ヲ請求シタル場合ニ於テ支払ノ拒絶アリタルトキハ歳入ハ初ヨリ納付ナカリシモノ」とみなされることになるのである。物納が認められるのは相続税法第四一条の場合であるが、為替手形・約束手形を物納に充てることは認められていない。)

以上要するに、広島市税の納付に代えて約束手形を広島市に交代しこれによつて同市税を消滅させることはこれを代物弁済と称するにせよ物納と称するにせよ現行法上認められないから、本件約束手形の交付は、原告と広島市徴税吏員との間の約束手形授受の際の合意や発行せられたる領収証書の内容いかんにかかわらず、市税の納付としての効果を生じないといわなければならない。よつて、本件滞納市税が前記約束手形の代物弁済としての授受により消滅したとの原告の主張は失当であるといわなければならない。

のみならず、(証拠省略)、本件家屋差押後広島市徴収課において原告に対し公売の予告をなしたところ、原告がこれに応じて出頭し、目下手許が不如意であるから納付を猶予し分納を許可せられたき旨申し立て、差押中の所有家屋二棟(本件家屋およびこれと同時に差し押えられた広島市松原町六七二番地家屋番号同町五九番木造枌葺平家建居宅一棟建坪二〇坪を指す。)のうちいずれか一棟の差押解除を懇願したこと、これに対し同課員牧野貴師は一たん拒絶したけれども原告において前記訴外会社振出にかかる約束手形三通を提供し右手形を期日に必ず支払う旨確約するので遂にこれを容れ昭和二九年五月一五日前訴定のとおり右約束手形を受領前記領収証書の一一通を交付するにいたつたこと、しかしながら、右牧野吏員においてはもとより右手形受領により滞納市税が消滅する旨を言明したことはなくたんに右手形を取り立てることの委託を受け、取り立てた場合には滞納市税の納付に充当する趣旨において受領したにすぎなかつたこと、従つて滞納金額全部に相当する金額の約束手形を受領しながらも差押物件全部を解放することはなく前記家屋番号五九番の居宅の差押を解除したにすぎず、本件家屋についても万一右約束手形が不渡となつた場合には公売処分が執行さるべき旨原告に説明したので原告としても右手形の提供により滞納市税が消滅したものでないことは充分了解しえたはずであること、当時有価証券による地方税納付委託の制度(昭和三〇年法律第一一二号により地方税法第一六条の八として新設。その後の改正により現在同法第一六条の二となる。)はいまだ存在せず、前記のように実質上納付委託の趣旨において約束手形の提供をうけた場合にも金銭領収の場合に使用するものと同一形式の領収証書を発行し、ただ摘要欄に「約手」と記載して区別する取扱になつており本件の場合にも右取扱に準拠して前記領収証書を発行したものであること等の事実が認められる。(中略)してみると前記約束手形授受の際、原告と広島市徴税吏員との間にこれをもつて市税の代物弁済に充てる合意がなかつたものというべく、原告の主張の失当になることはいよいよ明らかである。

さらに、原告は右のように約束手形の交付がある以上広島市徴税吏員としては先ず手形債権を行使しその効なき場合においてはじめて本来の市税債権に基き請求し得べきであるにもかかわらず右各手形の満期に支払場所に呈示してその権利を行使することなく直に本件家屋を公売したのは違法であると主張する。

しかしながら、(証拠省略)原告は前記(1)の手形の満期(昭和二九年六月五日)が迫るや一たんその取立の猶予を乞い同年六年二五日に弁済することを約したが、同月二四日再びその延期を要請し同月三〇日に弁済する旨の誓約書を差し入れたこと、それにもかかわらず原告は約定の六月三〇日には金二万円の小切手を提供したのみでその余の金員の支払をなさず、前記(2)(3)の手形についても同様満期に先だち取立の猶予を求め被告において支払のため呈示をなすことを阻止した(右三通の手形につき支払のための呈示がなかつたことは当事者間に争がない。)ため被告も遂に原告の誠意を認めがたいとして右六月三〇日の小切手による取立金を同年九月二二日本件滞納市税の内入に充当したうえ本件公売を断行するにいたつたものであること等の事実が認められる。(中略)。

してみると、原告提供にかかる前記約束手形三通が支払のため呈示されなかつたのは原告(原告はまた訴外振出人会社の代表者でもある。)自身が被告に依頼したことによるものであり、右依頼は右約束手形による滞納市税の納付委託を撤回したものと解せられるので右手形債権による請求がなされずして直に本件公売が執行されたからといつてこれが違法であるということはできない。

(四)  公売価格が市価に比し著しく低廉であるとの点について

原告は、本件家屋の公売執行当時における市価は金七〇〇、〇〇〇円ないし金九〇〇、〇〇〇円であるのに、被告は本件公売においてこれを僅々二〇〇、〇〇〇円に見積り金二四〇、〇〇〇円で落札せしめたものであつて、市価に対比し著しく低廉であるから本件公売はこの点において違法たるをまぬかれないと主張する。

そして、被告が本件公売において本件家屋の見積価格を金二〇〇、〇〇〇円とし、補助参加人においてこれを金二四〇、〇〇〇円で落札したこと、本件家屋の固定資産税評価基準額が金二三五、〇〇〇円であることは当事者間に争がなく、(証拠省略)、本件家屋は広島市松原町のいわゆる第三マーケツトの繁華街に面した店舗で建物自体は粗末なものであるがその立地条件は商業を営むに好適であり本件公売当時における価格は金七五万円程度であつたと認められる。これに対し、(証拠省略)中には本件建物を現実に金八〇万円で取引したこともあり価格は金一二〇万円を下らない旨の部分があるが、右は前掲各証拠に対比し過大評価であつて採用するに足りないものと認められる。

しかるところ、ここに本件家屋の価格が金七五万円を相当とするというのは、本件家屋が空家であつて買受人が入居してただちにこれを店舗として使用することができ、かつ、敷地の利用権も安定したものであるとの前提に立つたうえでの評価であるところ、(証拠省略)本件家屋の敷地は補助参加人の所有であつて原告がこれを賃借し地上に本件建物を建築したものであるが、補助参加人ははやくから本件建物の収去と敷地明渡を求めて原告と抗争し昭和二七年以降当裁判所に訴訟が係属しており、しかも参加人はかねて広島市徴収課に対し本件家屋の公売処分を執行するも落札者に対し敷地の使用を承認する意思はなき旨通告し公売処分後も落札者と参加人との間に紛争の生起することが予想されたこと、右敷地については本件建物建築後広島市復興都市計画の施行に伴いその一部が訴外福原某に対する換地予定地に指定され本件建物は少くともその一部は早晩移築ないし収去を免れないものであること、本件建物には公売当時訴外山口清人、前田菊彦の両名が居住しており公売処分が執行されても落札者が本件家屋の明渡を受けることは容易に望みえず落札者が本件家屋を使用するには相当の費用と時間とを要するであろうと考えられたこと等の状況が認められる。このように建物の使用についても敷地の利用権についても致命的ともいうべき悪条件が累積するときは、かかる事情の存しないことを前提とする前記認定価格に比し市価が低落することは当然であつて、市中における賃借権の負担ある土地の価格が更地の場合に比し低落する割合をしんしやくしても、前記認定価格の約四割ないし三割位に低下すべきことは容易に推認しうるところである。してみると、本件家屋の公売当時の市価は約三〇万円ないし二二万五〇〇〇円程度のものと認めるのが相当であるから、本件公売における見積価格が二〇万円であり落札価格が二四万円であるとしても市価に対比し著しく低廉であるとはいいがたい。よつて、原告の主張は失当である。

四、以上説明したとおり本件公売処分には何等違法な点はなく原告の右公売処分の無効確認を求める第一次の請求およびその取消を求める予備的請求はいずれも理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

広島地方裁判所民事第一部

裁判長裁判官 大 賀 遼 作

裁判官 宮 本 聖 司

裁判官 長 谷 喜 仁

(目録省略)

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